Date:2012/07/22 14:40
青い空、白い雲、赤い太陽。
まさに夏真っ盛りでした。
たまに夏真っ逆さまにと言いそうになります。
私は灰色の屋上に寝転がっていました。
コンクリートの床はざらざらしていますし、日差しを浴びて熱がこもっています。
おまけに気温も高くて、今日は最悪の寝心地です。
TもRも×××もまだ来ていません。
あの日から一週間ほど経ちました。
私の日常は一週間前とそれほど変わっていませんが、×××の日常は少しだけ変わったかもしれません。
ガチャリと音をたてて屋上の戸が開きました。
顔を傾けてやってきた人を見ますと、こんがり日に焼けた少年の顔がありました。
私「日に焼けたなぁ。顔が真っ黒だ」
R「うるせ。元々色黒なんだよ」
そうでした。
彼は春夏秋冬、ソース焼きそばを顔面にぶちまけたような顔色なのです。
雪山で遭難した時に発見が早そうですね、
私「どうして女にモテるのかな」
R「男は顔じゃないよ。中身だよ」
女を惹きつける才能を持っている男は言うことが違います。
彼の父親がホテル経営者だからモテるのではないかと邪推しますが、これは関係ないですね。
にっこり笑うRの笑顔は世界一だと思います。
やっぱり笑う時は、愛想笑いなんかじゃなくて心から笑った方がいいに決まっています。
試しに私も笑ってみましたが、どうにもうまくいきませんでした。
R「うちのクラスからいじめがなくなったな」
私「そうだね。良いことだと思うよ」
R「お前がやったのか」
私「うん」
あっさりと白状しました。
何の後ろめたさもありませんし、隠す必要もないことですから。
私はクラス内のいじめ問題を解決した方法や過程を簡単に説明しました。
始めに用意する物を紹介します。
使い捨てカメラと使い捨てても心が痛まない人です。
この時代にはデジカメも携帯電話のカメラ機能もありませんでした。
使い捨てても心が痛まない人は、少し前まで私をいじめていた三人組にしました。
私をいじめたことに関する罪悪感や後悔の念があるので、あっさりと引き受けてくれましたよ。
あ、顔はとても嫌そうにしていましたけどね。
もし使い捨てても心が痛まない人を用意できない場合は、金で人を雇いましょう。
金を受け取ったことで義務感が生まれ、嫌でもやらなければいけないと思うことでしょう。
この二つが用意できたら後は簡単です。
その人に命じて、使い捨てカメラをチラつかせながらいじめっ子を脅すだけです☆
別にいじめの現場を撮影させる必要はないですよ。
証拠があってもなくてもどちらでもかまいません。
もちろんあったら有力な証拠となり、いじめっ子により強い打撃を与えられると思いますが。
これは、いじめている奴らに不安や焦りを感じさせることが目的ですから。
他人の人生を傷つけるいじめっ子は、誰よりも自分の人生を傷つけられることを恐れています。
結果的にいじめっ子は証拠があることで不安や焦りを感じ、いじめという愚かな行為をやめることになったのでした。
今回の件はたまたま上手くいっただけです。
「親や教師がなんぼのもんじゃーい!」といういじめっ子には通用しなかったでしょう。
「いーけないんだ、いけないんだー、せーんせーに言ってやろー」という台詞は、子どもが初めて覚える脅し文句かもしれませんね♪
R「お前は本当にイカレてるよ」
私「イカレてるのはいじめっ子だよ」
他人の人生を傷つける資格なんて誰にもないのに、よくもまあ考えなしに傷つけられるものですね。
そんなに傷つけることがお好きなら紙に「人生」と書いて思い切り傷めつけたらいいじゃないですか。
もしくはご自分の「人生」を傷つけることをオススメしますよ。
R「自分の手を汚さず、クラスの問題を解決できて満足か?」
私「満足だよ」
R「正義のヒーロー気取りかよ」
私「正義のヒーローになろうなんて思ってない」
R「クソ偽善者野郎」
私「私はただ友達を、助けたいと思っただけだよ」
だって私は――ヒーローではないのですから。
ヒーローは知人友人血縁者関係なく助けなければいけません。
しかしヒーローでない私は助けたい人だけ助けます。
だから私はいじめっ子を陥れてでも友達を救います。
R「わけわかんねぇよ……」
Rの言葉がやけに攻撃的で、友達に向けるものではなくなってきました。
私の気持ちは少しだけ沈んでいきました。
私「私がいじめられた時、お前とTは助けてくれたよね。あの時の二人はヒーローになりたかったの? 私は友達を助けるためにやっただけだよ?」
R「……ごめん。そうだよな。同じなんだよな」
あっさりと謝ってくれました。
自分が冷静でないことに気づいてくれたようです。
私は彼が冷静でなくなった原因を考えて尋ねます。
私「×××のことが好きなの?」
R「いや、そういうんじゃないんだよ」
好きな人を助けたのが自分ではなく他人でした。
だからRは私に嫉妬したと思いましたが、予想は外れました。
そうでないとすると、何が彼の冷静さを奪ったのでしょうか。
R「あんな傷だらけの女に惚れるのはお前くらいだろ。一生幸せにしてやれよ」
Rは皮肉まじりに言いました。
私は夏の暑さと彼女への侮辱にカチンときて冷静さを失いそうになりました。
確かに彼女は傷だらけです。
文字通り、心も体も傷だらけです。
彼女もリストカットのことをネタにして笑わせてくれることがあります。
しかし言っていいことと悪いことの区別はつけるべきです。
私「私が好きなのはリンさんだよ。それから友達に対して言いすぎ」
R「悪い。まだちょっと頭に血が上ってるみたいだ」
Rは申し訳なさそうに俯きます。
それからポツリと言葉をもらしました。
R「俺とあいつは一年のころから同じクラスだったんだよ。ついでにTもいっしょな」
私「うん」
R「その頃にはもう自分の才能をマスターに教えてもらってた。で、正直浮かれてたと思う。Tも明るくておもしろいから男子から人気で、俺も女子から話しかけられまくって……」
私「うん」
R「でもクラスに一人はいるよな。クラスの輪に入れない奴が」
私「それが×××だった?」
私の質問にRは黙って頷きました。
なるほどですね。
いじめや仲間外しのような曲がったことが大嫌いで、『みんな仲良く』をモットーにしているTとRのことです。
その行動は納得できます。
しかし、×××は心を開いてくれなかったのですね。
なんとなく予想がつきます。
私「どんな女の子も惹きつけるRの才能にも例外があるんだね」
R「ああ。あの時は痛感したわ」
私「……殴られたの?」
R「往復ビンタ」
私「うわぁ……」
そう考えると私はビンタ一回で済んで良かったです。
なんだか釈然としませんが、良かったということにしておきましょう。
R「それでまあ……傷を見せられたわけだ」
私「ああ、うん」
R「俺には無理だった。気持ち悪かった。引いた。近づきたくなくなった」
私「……」
これが普通の人の反応なのでしょうか。
腕の傷痕は傷痕でしかなく、赤黒い線が何本も走っているだけですか。
皮肉な話ですね。
R「それでも話しかけ続けたんだよ。でも、それからは傷も見せてこないし話してもくれなかった」
私「そうなんだ」
あの傷痕を見せる行為は、一種の踏絵だったのですね。
彼女の信用を得られるかどうかのたった一度きりしかないチャンスだったのです。
面倒なことをしますね、×××は。
それもこれも心の弱さがいけないのです。
R「それからもう話しかけるのも関わるのもやめた。あいつは一人がいいんだと勝手に決めつけた。それから今までずーっと一人だったんだよ、あいつは」
私「私に声をかけたのは×××を助けられなかった償いのため?」
私は嫌らしくニヤニヤ笑って尋ねます。
R「バーカ。自惚れんな。お前と友達になりたいと思っただけだ」
Rもニヤニヤ笑って答えます。
立っていた彼はコンクリートの床に寝ころびました。
R「一人は辛かったろうな」
私「一人は辛いよ」
R「お前がいてくれてよかったと思う」
私「TとRがいてくれてよかったよ。ありがとう」
R「こちらこそ。これからもよろしく」
私「これからは×××もいっしょだ」
これ以上続けていたら青春ドラマの登場人物になってしまいそうでした。
Tも×××もまだ来ません。
R「一つ聞いていいか」
私「なに?」
R「どうして俺じゃダメだったんだ?」
私「それはRが弱い人じゃないからだよ」
女の気持ちは女が一番理解しやすいでしょう。
男の気持ちは男が一番理解しやすいでしょう。
強い人の気持ちは強い人が一番理解しやすいでしょう。
弱い人の気持ちは弱い人が一番理解しやすいでしょう。
それと同じです。
R「…………俺がリストカットをしていないからか?」
私「違う違う。それなら私もリスカしてないから理解できないことになるだろ」
R「じゃあ、弱い人の気持ちに立ってなかったから?」
私「そうだね。それが近いかな。TとRは強い人で、×××と私は弱い人だから」
R「でも俺もあいつのことを理解しようと思ったぞ」
私「弱い人の気持ちを理解することはできても、共感することができなかったらダメだよ」
Rは彼女がリストカットする気持ちを理解できたかもしれませんが、共感することはできませんでした。
私は彼女がリストカットする気持ちを理解できましたし、共感することもできました。
R「俺はそのせいであいつを支えることもできなかったのか」
私「弱い人を支えようなんて無理な話だよ。こんな風に地面に横たわっている人を支えられないのと同じで」
支えることができるのは、すでに立っている人や自分の足で立とうしている人だけです。
そういう人には手を差し伸べたり肩を貸してあげたりすることもできます。
しかしそれは、立ち上がる気力も体力も残っていない人には意味がありません。
私や×××のような弱い人にも意味がありません。
R「じゃあ、支えることよりも立ち上がらせることが先だったのか」
私「それもありだけど、×××の場合はもっと深刻だったから。それも違う」
R「じゃあお前は何をしたんだよ」
私「傷を舐めた」
R「はぁ?」
私「×××の傷を理解し、共感し、舐めてあげた」
R「お前……人の腕を舐める趣味なんてあったのか」
Rはドン引きしたような表情をしています。
私の言ったことを思い切り勘違いしていますね。
国語の読解力が足りません、と通知表に書かれるレベルです。
私「正確には心の傷を互いに舐め合ったって感じかな」
R「ああ、そういうことか。でも、それってあんまり良い意味じゃなかったよな」
私「そうだね。でも、時には甘やかすことも大事だと思うよ」
野生動物には傷を舐めて治癒する習性があります。
しかし人間にとっての傷を舐める行為には治癒効果はありません。
それでも私は、彼女の傷を舐めました。
最良ではなくても最善の選択だと思ったからです。
クソ偽善者野郎でもそれくらいの選択はできるのです。
R「才能か」
Rは苦笑混じりに言いました。
私「経験だよ」
私は愛想笑いを浮かべて言いました。
弱い人は必ず助けを求めます。
自分一人では何もできないから、自分一人では壊れてしまうから、理由はそれぞれ違います。
私は精神が崩壊した経験からそれを知っていました。
それに私は、強い人や弱い人を嫌というほど小さい頃から見てきましたから。
R「その年齢でその経験値はバグだろ。RPG始めたばかりでラスボス倒せるレベルだぞ」
私「才能でいえばRの方が優良だ。それに経験値で言えばホテル経営者の息子ならもっと得られるよね」
今までに何度か彼の家に遊びに行ったことがありますが、日本にこんな上流階級の家庭があったのかと驚きました。
それからご両親ともお会いしてお話することもできました。
ドラマや映画の金持ちのような嫌味な感じが全くない良い人達でしたよ。
母親はとても美人で、父親はRとそっくりで笑いそうになりました。
何よりRの母親のリアル・シンデレラストーリーは聞いていて楽しかったです。
R「だけど俺とTはお前の話を聞いただけで、お前の傷を舐めた覚えはないぞ」
私「弱さにも色々な種類があるからね。人それぞれ対応の仕方が違うよ」
R「俺達がお前を支えたか、立ち上がらせたのか? なんか、それも違う気がするな」
私「今は支えてもらってるよ。でもあの時は……」
あの時の私は何をしてもらったのでしょうか。
よく思い出せません。
私「そういえば知ってる?」
R「何だよ」
私「リンさんが中国に強制送還されるんだって」
Rは一瞬驚きましたが、何も言いませんでした。
彼はすでに知っていたのだと思います。
私「この街の警察も、やる時はやるんだね」
R「今回の場合は入国管理局じゃないのか」
正直どちらでもいいです。
リンさんがいなくなったことには変わりありませんから。
彼女がいなくなったことを知ったのは学校放火未遂の翌日のことでした。
久しぶりに彼女に会いたくてバー『しおいぬ。』に寄った時、マスターから教えてもらいました。
もっとたくさん話したかったのに。
もっとたくさん遊びたかったのに。
もっとたくさん抱きしめてもらいたかったのに。
もっとたくさんキスしたかったのに。
もっとたくさん「愛している」と言いたかったのに。
私の大好きな人は、いなくなってしまいました。
私「アイラさんは大丈夫だったの?」
R「ああ。一応な」
私はどうしようもない現実に苛立って舌打ちしてしまいました。
R「嫉妬は醜いぞ」
私「お前も嫉妬してたくせに」
私達は恥ずかしくなって笑いました。
ひとしきり笑ってから私は、覚えたばかりの中国語を頭の中でつぶやきました。
大好きな人に伝えられなかった言葉です。
「ウォーアイニー」
それから、屋上の扉がゆっくりと開く音がしました。
おしまい。
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まさに夏真っ盛りでした。
たまに夏真っ逆さまにと言いそうになります。
私は灰色の屋上に寝転がっていました。
コンクリートの床はざらざらしていますし、日差しを浴びて熱がこもっています。
おまけに気温も高くて、今日は最悪の寝心地です。
TもRも×××もまだ来ていません。
あの日から一週間ほど経ちました。
私の日常は一週間前とそれほど変わっていませんが、×××の日常は少しだけ変わったかもしれません。
ガチャリと音をたてて屋上の戸が開きました。
顔を傾けてやってきた人を見ますと、こんがり日に焼けた少年の顔がありました。
私「日に焼けたなぁ。顔が真っ黒だ」
R「うるせ。元々色黒なんだよ」
そうでした。
彼は春夏秋冬、ソース焼きそばを顔面にぶちまけたような顔色なのです。
雪山で遭難した時に発見が早そうですね、
私「どうして女にモテるのかな」
R「男は顔じゃないよ。中身だよ」
女を惹きつける才能を持っている男は言うことが違います。
彼の父親がホテル経営者だからモテるのではないかと邪推しますが、これは関係ないですね。
にっこり笑うRの笑顔は世界一だと思います。
やっぱり笑う時は、愛想笑いなんかじゃなくて心から笑った方がいいに決まっています。
試しに私も笑ってみましたが、どうにもうまくいきませんでした。
R「うちのクラスからいじめがなくなったな」
私「そうだね。良いことだと思うよ」
R「お前がやったのか」
私「うん」
あっさりと白状しました。
何の後ろめたさもありませんし、隠す必要もないことですから。
私はクラス内のいじめ問題を解決した方法や過程を簡単に説明しました。
始めに用意する物を紹介します。
使い捨てカメラと使い捨てても心が痛まない人です。
この時代にはデジカメも携帯電話のカメラ機能もありませんでした。
使い捨てても心が痛まない人は、少し前まで私をいじめていた三人組にしました。
私をいじめたことに関する罪悪感や後悔の念があるので、あっさりと引き受けてくれましたよ。
あ、顔はとても嫌そうにしていましたけどね。
もし使い捨てても心が痛まない人を用意できない場合は、金で人を雇いましょう。
金を受け取ったことで義務感が生まれ、嫌でもやらなければいけないと思うことでしょう。
この二つが用意できたら後は簡単です。
その人に命じて、使い捨てカメラをチラつかせながらいじめっ子を脅すだけです☆
別にいじめの現場を撮影させる必要はないですよ。
証拠があってもなくてもどちらでもかまいません。
もちろんあったら有力な証拠となり、いじめっ子により強い打撃を与えられると思いますが。
これは、いじめている奴らに不安や焦りを感じさせることが目的ですから。
他人の人生を傷つけるいじめっ子は、誰よりも自分の人生を傷つけられることを恐れています。
結果的にいじめっ子は証拠があることで不安や焦りを感じ、いじめという愚かな行為をやめることになったのでした。
今回の件はたまたま上手くいっただけです。
「親や教師がなんぼのもんじゃーい!」といういじめっ子には通用しなかったでしょう。
「いーけないんだ、いけないんだー、せーんせーに言ってやろー」という台詞は、子どもが初めて覚える脅し文句かもしれませんね♪
R「お前は本当にイカレてるよ」
私「イカレてるのはいじめっ子だよ」
他人の人生を傷つける資格なんて誰にもないのに、よくもまあ考えなしに傷つけられるものですね。
そんなに傷つけることがお好きなら紙に「人生」と書いて思い切り傷めつけたらいいじゃないですか。
もしくはご自分の「人生」を傷つけることをオススメしますよ。
R「自分の手を汚さず、クラスの問題を解決できて満足か?」
私「満足だよ」
R「正義のヒーロー気取りかよ」
私「正義のヒーローになろうなんて思ってない」
R「クソ偽善者野郎」
私「私はただ友達を、助けたいと思っただけだよ」
だって私は――ヒーローではないのですから。
ヒーローは知人友人血縁者関係なく助けなければいけません。
しかしヒーローでない私は助けたい人だけ助けます。
だから私はいじめっ子を陥れてでも友達を救います。
R「わけわかんねぇよ……」
Rの言葉がやけに攻撃的で、友達に向けるものではなくなってきました。
私の気持ちは少しだけ沈んでいきました。
私「私がいじめられた時、お前とTは助けてくれたよね。あの時の二人はヒーローになりたかったの? 私は友達を助けるためにやっただけだよ?」
R「……ごめん。そうだよな。同じなんだよな」
あっさりと謝ってくれました。
自分が冷静でないことに気づいてくれたようです。
私は彼が冷静でなくなった原因を考えて尋ねます。
私「×××のことが好きなの?」
R「いや、そういうんじゃないんだよ」
好きな人を助けたのが自分ではなく他人でした。
だからRは私に嫉妬したと思いましたが、予想は外れました。
そうでないとすると、何が彼の冷静さを奪ったのでしょうか。
R「あんな傷だらけの女に惚れるのはお前くらいだろ。一生幸せにしてやれよ」
Rは皮肉まじりに言いました。
私は夏の暑さと彼女への侮辱にカチンときて冷静さを失いそうになりました。
確かに彼女は傷だらけです。
文字通り、心も体も傷だらけです。
彼女もリストカットのことをネタにして笑わせてくれることがあります。
しかし言っていいことと悪いことの区別はつけるべきです。
私「私が好きなのはリンさんだよ。それから友達に対して言いすぎ」
R「悪い。まだちょっと頭に血が上ってるみたいだ」
Rは申し訳なさそうに俯きます。
それからポツリと言葉をもらしました。
R「俺とあいつは一年のころから同じクラスだったんだよ。ついでにTもいっしょな」
私「うん」
R「その頃にはもう自分の才能をマスターに教えてもらってた。で、正直浮かれてたと思う。Tも明るくておもしろいから男子から人気で、俺も女子から話しかけられまくって……」
私「うん」
R「でもクラスに一人はいるよな。クラスの輪に入れない奴が」
私「それが×××だった?」
私の質問にRは黙って頷きました。
なるほどですね。
いじめや仲間外しのような曲がったことが大嫌いで、『みんな仲良く』をモットーにしているTとRのことです。
その行動は納得できます。
しかし、×××は心を開いてくれなかったのですね。
なんとなく予想がつきます。
私「どんな女の子も惹きつけるRの才能にも例外があるんだね」
R「ああ。あの時は痛感したわ」
私「……殴られたの?」
R「往復ビンタ」
私「うわぁ……」
そう考えると私はビンタ一回で済んで良かったです。
なんだか釈然としませんが、良かったということにしておきましょう。
R「それでまあ……傷を見せられたわけだ」
私「ああ、うん」
R「俺には無理だった。気持ち悪かった。引いた。近づきたくなくなった」
私「……」
これが普通の人の反応なのでしょうか。
腕の傷痕は傷痕でしかなく、赤黒い線が何本も走っているだけですか。
皮肉な話ですね。
R「それでも話しかけ続けたんだよ。でも、それからは傷も見せてこないし話してもくれなかった」
私「そうなんだ」
あの傷痕を見せる行為は、一種の踏絵だったのですね。
彼女の信用を得られるかどうかのたった一度きりしかないチャンスだったのです。
面倒なことをしますね、×××は。
それもこれも心の弱さがいけないのです。
R「それからもう話しかけるのも関わるのもやめた。あいつは一人がいいんだと勝手に決めつけた。それから今までずーっと一人だったんだよ、あいつは」
私「私に声をかけたのは×××を助けられなかった償いのため?」
私は嫌らしくニヤニヤ笑って尋ねます。
R「バーカ。自惚れんな。お前と友達になりたいと思っただけだ」
Rもニヤニヤ笑って答えます。
立っていた彼はコンクリートの床に寝ころびました。
R「一人は辛かったろうな」
私「一人は辛いよ」
R「お前がいてくれてよかったと思う」
私「TとRがいてくれてよかったよ。ありがとう」
R「こちらこそ。これからもよろしく」
私「これからは×××もいっしょだ」
これ以上続けていたら青春ドラマの登場人物になってしまいそうでした。
Tも×××もまだ来ません。
R「一つ聞いていいか」
私「なに?」
R「どうして俺じゃダメだったんだ?」
私「それはRが弱い人じゃないからだよ」
女の気持ちは女が一番理解しやすいでしょう。
男の気持ちは男が一番理解しやすいでしょう。
強い人の気持ちは強い人が一番理解しやすいでしょう。
弱い人の気持ちは弱い人が一番理解しやすいでしょう。
それと同じです。
R「…………俺がリストカットをしていないからか?」
私「違う違う。それなら私もリスカしてないから理解できないことになるだろ」
R「じゃあ、弱い人の気持ちに立ってなかったから?」
私「そうだね。それが近いかな。TとRは強い人で、×××と私は弱い人だから」
R「でも俺もあいつのことを理解しようと思ったぞ」
私「弱い人の気持ちを理解することはできても、共感することができなかったらダメだよ」
Rは彼女がリストカットする気持ちを理解できたかもしれませんが、共感することはできませんでした。
私は彼女がリストカットする気持ちを理解できましたし、共感することもできました。
R「俺はそのせいであいつを支えることもできなかったのか」
私「弱い人を支えようなんて無理な話だよ。こんな風に地面に横たわっている人を支えられないのと同じで」
支えることができるのは、すでに立っている人や自分の足で立とうしている人だけです。
そういう人には手を差し伸べたり肩を貸してあげたりすることもできます。
しかしそれは、立ち上がる気力も体力も残っていない人には意味がありません。
私や×××のような弱い人にも意味がありません。
R「じゃあ、支えることよりも立ち上がらせることが先だったのか」
私「それもありだけど、×××の場合はもっと深刻だったから。それも違う」
R「じゃあお前は何をしたんだよ」
私「傷を舐めた」
R「はぁ?」
私「×××の傷を理解し、共感し、舐めてあげた」
R「お前……人の腕を舐める趣味なんてあったのか」
Rはドン引きしたような表情をしています。
私の言ったことを思い切り勘違いしていますね。
国語の読解力が足りません、と通知表に書かれるレベルです。
私「正確には心の傷を互いに舐め合ったって感じかな」
R「ああ、そういうことか。でも、それってあんまり良い意味じゃなかったよな」
私「そうだね。でも、時には甘やかすことも大事だと思うよ」
野生動物には傷を舐めて治癒する習性があります。
しかし人間にとっての傷を舐める行為には治癒効果はありません。
それでも私は、彼女の傷を舐めました。
最良ではなくても最善の選択だと思ったからです。
クソ偽善者野郎でもそれくらいの選択はできるのです。
R「才能か」
Rは苦笑混じりに言いました。
私「経験だよ」
私は愛想笑いを浮かべて言いました。
弱い人は必ず助けを求めます。
自分一人では何もできないから、自分一人では壊れてしまうから、理由はそれぞれ違います。
私は精神が崩壊した経験からそれを知っていました。
それに私は、強い人や弱い人を嫌というほど小さい頃から見てきましたから。
R「その年齢でその経験値はバグだろ。RPG始めたばかりでラスボス倒せるレベルだぞ」
私「才能でいえばRの方が優良だ。それに経験値で言えばホテル経営者の息子ならもっと得られるよね」
今までに何度か彼の家に遊びに行ったことがありますが、日本にこんな上流階級の家庭があったのかと驚きました。
それからご両親ともお会いしてお話することもできました。
ドラマや映画の金持ちのような嫌味な感じが全くない良い人達でしたよ。
母親はとても美人で、父親はRとそっくりで笑いそうになりました。
何よりRの母親のリアル・シンデレラストーリーは聞いていて楽しかったです。
R「だけど俺とTはお前の話を聞いただけで、お前の傷を舐めた覚えはないぞ」
私「弱さにも色々な種類があるからね。人それぞれ対応の仕方が違うよ」
R「俺達がお前を支えたか、立ち上がらせたのか? なんか、それも違う気がするな」
私「今は支えてもらってるよ。でもあの時は……」
あの時の私は何をしてもらったのでしょうか。
よく思い出せません。
私「そういえば知ってる?」
R「何だよ」
私「リンさんが中国に強制送還されるんだって」
Rは一瞬驚きましたが、何も言いませんでした。
彼はすでに知っていたのだと思います。
私「この街の警察も、やる時はやるんだね」
R「今回の場合は入国管理局じゃないのか」
正直どちらでもいいです。
リンさんがいなくなったことには変わりありませんから。
彼女がいなくなったことを知ったのは学校放火未遂の翌日のことでした。
久しぶりに彼女に会いたくてバー『しおいぬ。』に寄った時、マスターから教えてもらいました。
もっとたくさん話したかったのに。
もっとたくさん遊びたかったのに。
もっとたくさん抱きしめてもらいたかったのに。
もっとたくさんキスしたかったのに。
もっとたくさん「愛している」と言いたかったのに。
私の大好きな人は、いなくなってしまいました。
私「アイラさんは大丈夫だったの?」
R「ああ。一応な」
私はどうしようもない現実に苛立って舌打ちしてしまいました。
R「嫉妬は醜いぞ」
私「お前も嫉妬してたくせに」
私達は恥ずかしくなって笑いました。
ひとしきり笑ってから私は、覚えたばかりの中国語を頭の中でつぶやきました。
大好きな人に伝えられなかった言葉です。
「ウォーアイニー」
それから、屋上の扉がゆっくりと開く音がしました。
おしまい。
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PR
この記事に対するコメント
無題
なるほど、こう終わりましたか。
最後は「私」とRの会話で閉じましたか。
うん、でも久々に何かをネット上で読めた気がしました♪
無題
いつもコメントありがとうございます<(_ _)>
記憶が曖昧な部分や多少の脚色はありますが、なんとか書き終えることができました。懐かしさと青臭さで胸がいっぱいです。
光一さんにご満足していただける「何か」を提供することができたかどうか分かりませんが、これからもよろしくお願いいたします。