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本『エミリー』 嶽本野ばら

『エミリー』 嶽本野ばら 集英社



【レディメイド readymade】

口の過ぎる私が貴方に話しかけられると言葉を失ってしまう。

貴方は私以上に意地悪で、貴方の話は常に暗号のよう、仕草すら謎めいている。

同性の同僚や先輩たちは、貴方のことを風変わりの人としか思っていない。

しかし、私は皆が悪く言う貴方の関心を惹きたかった。

貴方が大学院で美術を専攻していたと知った私はMoMA展に行ったことがあることを伝えた。

すると、貴方はつまらなそうな顔をしながら私にマティスやデュシャンの話をしてくれた。

が、もっと貴方と話したかったのに最後には「君には解らないよ」と言って私に背をむけた。

意気消沈し部屋に帰ってくると、ジャケットの内ポケットには見知らぬ白い封筒が——。


【コルセット corset】

僕が二十七歳の時、君と出会う少し前に親友の希彌子さんが首を括って死んだ。

当時三十歳だった希彌子さんは、骨董屋で店員をしていた。

僕達は生きる時代を間違えてしまったと、いつも先斗町のカフェーで話していた。

「十九世紀に生まれていればね」

「産業革命が文化を衰退させたのよ」

希彌子さんはよくそう言っていた。

ある日、いつものようにカフェーで僕達はこの時代に合わないと愚痴をこぼしていると「お互い家に帰ったら、自殺しましょう」と希彌子さんは言った。

それから一週間してから僕は希彌子さんが死んだことを知った。

僕は希彌子さんの後を追って死ぬことを決意した。

だが、死にたいのに実行できない自分に対する自己嫌悪が生まれ、いつしかそれは大きな虚無へと姿を変えていった。

大いなる虚無を少しでも和らげようと僕は神経科の病院に通うようになった。

僕は二週間に一度薬が切れると欠かさずその病院に通う。

何故なら僕には、薬をもらうこと以上に大事な用事があったから。

その用事とは、そう、君に逢うということ。

病院通いを始めて約三年が経ち、僕は希彌子さんの享年と同じ三十歳になった。

死ぬ前に色々なことをした。

部屋の掃除を念入りに行った。

グレン・グールドのアルバムを全て聴き直した。

お寿司屋さんに行って、カニ味噌とウニばかりを頼んで満腹になるまで食べた。

そして最後に残ったのは……君にデートを誘うことだった。


【エミリー emily】

何処にも存在しなかったのです。

家の中にも、学校にも、公園にも、カフェーにも存在しなかったのです。

私はどこにも居場所を見出すことが出来なかったのです。

誰と話すのも、誰といるのも苦痛でした。

一人は淋しいですし、孤独です。

けれども、人の速度や習慣に、私は併せることができないのでした。

私はありとあらゆる人間が恐いのです。

そんな私が唯一咎め無しと赦された場所がありました。

それはラフォーレ原宿の路上に面したエントランスの前の、休憩に利用する箱庭のよなスペース。

館内のショップリストが書かれている葉っぱのオブジェの下に、私は隠れるように座り込んでいるのです。

私がいつものようにそこにしゃがみ込んでいた時、貴方は私に声をかけました。

人とコミュニケーションをとることができない私でしたが貴方だけは違いました。

きっと貴方は特別だったのです。

今も私にとって特別であるように。

貴方は Emily Temple cute のお洋服に身を包んだ私をほめてくださいました。

貴方が同じ中学の先輩であること、私と同じような境遇ということもそこで知りました——。

<関連リンク>

本『ハピネス』

本『変身』

本『ロリヰタ。』

本『下妻物語』

本『下妻物語・完 ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件』

本『ミシン2/カサコ』

本『ツインズ 続・世界の終わりという名の雑貨店』
(『ミシン』収録作品【世界の終わりという名の雑貨店】 続編)

本『タイマ』

本『エミリー』

本『鱗姫』

本『カルプス・アルピス』

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